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2017年1月24日 (火)

長男のバックパッキング(その16 イエメン-II 心象風景)

Night_street_in_sanaa最初の便りは韓国からだったように記憶しています。その後音信が途絶え、やっと届いたのがイエメンからの絵はがきでした。カマリア窓の絵ハガキでした。切手は同じくカマリア窓の建物が立ち並ぶ街の景色をあしらったものでした。スタンプの日付は読めません。
写真:夜のサヌア市内

便りの一部を引用します。「アラビアには三つの世界があるといわれます。半島北部の"岩のアラビア"。 半島をおおう"砂のアラビア"。どちらも辛い、生活するのも大変な場所です。3つ目は"幸福のアラビア"。昔の偉い人がそう名付けたアラビア、イエメンにつきました。年始めに危険な場所だと日本では認知された国ですが、安全な場所は本当に幸福な場所です。

Postcard_to_kk_from_sanaa「安全な場所」が日本を指しているとも取れますが、写真と合わせて総合判断するとやはりイエメン(サヌア)を指していると思えます。

友達(K.K.さん)が受け取った絵葉書を見せていただくことが出来ました。スタンプの日付はかろうじて19と読めます。7月19日だとするとイエメンを発つ前の日に投函したことになります。家に出した絵葉書もこの日にまとめて出したと思われます。
写真:友人(K.K.さん)への絵はがき。イエメン門の写真です。

友達への絵葉書の一部を引用します。「・・・笑顔がまたひとつ増えました。どこへ行っても空は青い。・・・自分のすべてを成す、不動なる芯は存在するのか?・・・旅に出て僕は僕のままで、きっと何か中心にはあると思う。少しずつなにか余分なものははがれ落ちて、核心へ近づいていると思う。・・・」

T_with_sanaa_people 民族衣装をまとって街の人たちと交流しているらしい写真が何枚もありますが、その様子や落ち着いた表情には彼の心の変化が反映されている気配が感じられます。
写真:民族衣装をまとった息子と街の人

長い間便りの無いのは良い便り状態でしたので、絵葉書を受け取った時は元気な様子に安堵しましたが、それがすべてでした。
しかし追想記録を書き綴っている今は、旅に出るに際してすべてを振り切る決意があったこと、さらに苦労に立ち向かうように旅をし続けた事実に胸が押し潰されつぶされる様に痛みます。

少なからず世話のかかっていた息子がそこまで容赦なく厳しく自分を求めていたとは想像すら出来ないことでした。浅薄な見方しかできなかった我が身を悔い、恥じるばかりです。

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