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2017年3月11日 (土)

9年後の不思議な縁

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長男の一周忌の日、ある見知らぬ方とフェイスブックで繋がりました。その方は長男がロンドンに滞在していたころ数日間彼と同じ宿に宿泊された方でした。2008年10月のことです。おかげでその時の長男の様子を知ることが出来ました。

おりしも私は長男のバックパッキングの旅を辿った追想旅行記を書き終わろうとしていたときでした。この旅行記は説明のない写真とわずかなメモを元にあれこれ想像しながら長男の旅を辿ったものです。長男はバックパッキングの後ロンドンにしばらく滞在しましたが、ロンドンでの様子はよくわからないままでした。

その方は労を惜しまず、また時間をかけて当時の息子の様子を書き起こしてくれました。おかげで、そのころ彼の悩みは頂点に達していたらしいことが分かりました。それからおよそ半年後に彼は帰国しましたが、もう悩みからは解放されており、その後さらにその落ち着きに磨きがかかりました。私はこれらのまるで対照的な息子の姿から、彼のバックパッキングの旅にどのような意義があったのかが分かった気がしました。

London_bridge それは最初チャレンジする対象としての旅であった。しかし次第にそれは単なる自分の外にある対象物としての旅に留まらず、自らが内包している問題の解決をも迫られる旅へと変化していった。イエメン辺りで答えが見つかりそうになったが、解決できないまま一人旅の終点、ロンドンに着いてしまった。出口が見えないまま時間だけが過ぎて行くロンドンで彼の悩みは頂点に達していた。
写真:ロンドン・ブリッヂ(2008年11月24日撮影)

何があったのか、どんなきっかけがあったのかは分かりませんが、結果として彼はその後まもなく自らの悩みとの対決に終止符を打つことが出来た。今まで私は「彼はバックパッキングという貴重な体験をした」と思っていました。しかしこの表現は不十分で、より正しくは「バックパッキングとそれに続くロンドンでの滞在を通して自分の悩みを克服し、それから解放された。」そして彼の人格が完成された、と今は思っています。

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